紫煙が繋ぐ、男達との出逢い
ここは、東京の小洒落たCigar Bar などではない。
都内からなら高速を使っても2時間は西へ走る。
北方謙三の作品「ブラッディードール」に登場する、N市から100kmほど離れた町。
ここは、そんな田舎町にある小さな男の隠れ家なのである・・・
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これは他愛もない日常的なひとコマにしか過ぎない。
いつもと変わらない土曜日。
真っ白いシャツにはノー・タイ、腰には長いサロンを巻き
先ほどまでディナーを楽しんでいただいた、お客様のお皿の全てを洗いあげ
そして、僕はここからいつも気持ちを切り替える。
昨夜はなぜか、お気に入りのLV のネクタイではなく、一昔前にバーテンダー
勝木康隆氏からいただいた、シルクが剥げだした黒の蝶タイを巻きたくなった。
腰にもシルクのカマー・バンドを巻き、黒いバー・コートを羽織る。
久しぶりに気が引き締まる。
21:30。
一台の白いボルボのステーション・ワゴンが、音を立てずに静かに駐車した。
70−70
車から降りてきたのはトレードマークの黒い帽子が似合う男、若干22歳。
今夜も浜松市から、何本かの葉巻とともにやってきたようだ。
今夜まず彼が手にしたのが、特別な夜にカットすると決めていたという葉巻。
モンテクリストのリミテッド・エディション " C " 。
今夜は愛用のリングをはめ、トリプル・リングに。
モンテの後ろに控えているのは、この次に嗜むであろうハバナとドミニカである。
次にやってきたのは " petit "。
" petit " とは、小柄であり皆から親しまれる彼の愛称である。
可愛らしい彼が今夜持ってきたハバナは、ホヨー・ド・モントレー・ペティ・ロブスト
トリニダッドのレジエス、彼の歳で楽しむべき相手ではない。
サイズこそ可愛らしいが、なかなか手強い相手である。
なぜなら、彼はまだ 歳なのだから・・・
他のお客様も次々にご来店。
次に近所からココへ足を運んでくれたのは、22歳の男2人組。
彼等は、キューバのポル・ララーニャガのペティコロナを燻らせながら
それは22歳らしい語らいを紫煙とともに楽しんでいた。
真っ白なボルボの横に、一台の真っ赤なアウディが滑り込む。
ドアを開けたのは、ハミルトンのH77665873 が最も似合う男。
彼のメインの家は横浜にある。
今夜彼が両手に抱えてきたのは、トリニダッドのコロニアレス1箱。
そして、他のハバナが数本。
やることが違う。
そして、話し方が非常に綺麗な男である。
この質感を垣間見るだけで、トルセドール達の息遣いが聞こえそうになる。
先日30代半ばに近付いた彼は、群を抜いた葉巻愛好家であることは誰もが認める。
今夜彼がまず左手に取ったのは、コイーバ・マデューロ・5・ヘニオス。
デカくて黒く、存在感もたっぷり。
彼のこだわり、リングはすぐに外す。
今夜のヘニオスは、もう少しだけ違う楽しみ方をした方が、彼にとっては
もっと満足できたようである。
そう、「高いもの」が、「美味いもの」ではないのである。
しかし、エキスパート達は、それをどのようにしたら「もっと楽しめたのか」と
常に貪欲であり、また、常に熱い情熱を注ぐ。
左腕にハミルトンをしていた彼がコイーバに火を点す頃
黒尽くめで変装でもするかのようにやってきたのは、通称 " 運び屋 " の男。
40代半ばの彼はまず、店内の温かさを味わうようにバハマのグレイクリフを。
紫色のリングが特徴のシャトー・グランクリュである。
それぞれが、それぞれの紫煙を楽しんでいる中、今夜最後にご来店してくれたのは
" 和製 チェ・ゲバラ " ともいうべき風貌の男。
ここから二つほど離れた街に住む、幼子を持つシガー・ラヴァーである。
彼に手渡すのが少し遅くなってしまった
バーテンダーからのささやかなクリスマス・プレゼント。
男の約束はいつも真剣なのである。
今夜彼は「特別な日に」と決めていた、コイーバのシグロU+2162をカットする。
ひと口ひと口を確認するかのように燻らすその姿、それは非常に印象的だった。
そのうち今夜2本目の紫煙を楽しみだす者が。
最初の彼はモンテクリストの " C " からポル・ララーニャガのモンテカルロ。
そのあとにはダヴィドフ2000 をも。
" petit " はモンテクリストのペティ・エドムンドをカットする。
" 黒くてでかい " コイーバを綺麗に吸い上げた彼は
次に高品質で名高いモンテのNo.4 を左手に取る。
バハマ産のシャトー・グランクリュを楽しんだ通称 " 運び屋 " の男は
'02 ヴィンテージののサンルイレイ・ロンズテールを。
リングがここまで並ぶと圧巻。
昨夜ここに来た全ての男達が、それぞれの葉巻を華麗に扱いだす。
ここは可笑しなBAR なのである。
仕事時間を終え、僕はこの日誰も落とさなかったビトラを手にする。
名品、ラモン・アロネスのスペシャリティ・セレクテッドを。
葉巻を嗜む時間、そこでの会話は葉巻の話しだけではない。
いわゆる「葉巻愛好家」達の話しもぞくぞくとでてくる。
大胸筋、そして三角筋が大きく発達しているのが、服を通してもわかる
格闘家の秋山に似た、神奈川県藤沢市に住む男。
彼の話題もなぜか尽きない。
" いかした男 " とは、そんなものなのだ。
この日のビトラは、茶事で炉に焚く白檀などの香木や
煉り物を想像させる馥郁としたフレーヴァーに感動。
まさに「大地の香り」を感じさせてくれた。
これだけの葉巻をたった6、7時間で灰にしてしまう。
もちろん葉巻に敬意を表し、また、それぞれの葉巻を巻くトルセドール達を想い
ひと口ひと口それらを味わい、そして、それらを理解しあえる者同士で語り合う。
それは、セレブリティを気取って闇雲に、無意味に " 吸う " 者達とは全く違うように。
同じモノに興味を持った者同士がいる空間での時間は、過ぎるのが非常に早い。
それを惜しむかのように、男達がまたカッターを手にする。
この数時間を楽しんだ後に残るのは、葉巻の吸殻だけではない。
男達がここに残してゆくのは、無骨なほどの優しさとマナー、そして新しい約束。
心の中でそれぞれが想う。
偶然ではない必然的な出逢い。
いつもと変わらない土曜日。
少しだけいつもと違ったのは、昨夜が2008年最後の土曜日。
彼等なりの今年最後の挨拶。
嬉しい限りである。
2008年も、様々な男達と出逢うことができた。
2009年年はどんな男達との出逢いがあるのだろう。
考えるだけで、楽しみでしかたない。
皆への感謝は尽きることはない。
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